Up 危さ : 進歩主義と科学の一緒くた 作成: 2018-06-30
更新: 2018-06-30


      『古事記伝』「書紀の(あげつら)ひ」
    漢籍心(カラブミゴコロ)を清く洗ひ(サリ)て、よく思へば、天地はただ天地、男女(メヲ)はただ男女、火水(ヒミヅ)はただ火水んて、おのおのその性質情状(アルカタチ)はあれども、そはみな神の御所為(ミシワザ)にして、然るゆゑのことわりは、いともいとも奇霊(クスシ)微妙(タヘ)なる物にしあれば、さらに人のよく測知(ハカリシル)べききにはあらず
    然るを漢国人の癖として、己がさかしら心をもて、萬の理を(シヒ)て考へ求めて、此陰陽といふ名を作リ設て、天地万物みな、此理の外なきが如く(トキ)なせるものなり。


    進歩主義者は,自分に都合のよい存在論を,科学の趣きでつくる。
    そこで,進歩主義批判は,科学に蓋をするような言辞に陥りやすい。
    宣長は,ここではそうなっている。

    科学に蓋をするような言辞を吐くのは,愚である。
    「漢才」批判のこの部分は,他山の石とするところである。