0 はじめに  


     現前の数学教育学において,オリエンテーション(パラダイム)と言えるものは事実上一つであり,それは合理主義的オリエンテーションである(註)。──“事実上一つ”の意味は,このオリエンテーションに対する逸脱,批判,離反はつねに認められるものの,反合理主義-的オリエンテーションの対置というところまでは至っていない,ということである。
     しかし,論点を先取して言えば,
      (1) “教育”という現象の解明,および
      (2) “教育”という企業の経営
    を目的とする研究において,合理主義はミスリーディングである。実際,この領域が合理主義的解釈の射程に押し込まれることは,ありそうもない。教育現象は合理主義的解釈からつねにはみ出る。
     数学教育学の外に目を転じるならば,われわれはいくつかの反合理主義-的オリエンテーションに出合うことができる。顕著なものとしては,現象学的オリエンテーションや,ウィトゲンシュタイン(L.Wittgenstein)やライル(G.Ryle)の示したオリエンテーションが挙げられる。
     本論文の主題は,反合理主義-的オリエンテーションをヒントに合理主義的オリエンテーションを顕在化し分析して,それが数学教育学のオリエンテーションとしてミス・リーディングであることを示唆することである。

    (註) 数学教育学において今日顕著な心理学的アプローチは,教授/学習的事態の説明を“心的な因果的メカニズム”の明示という形で実現しようとすることにおいて,心理主義的であり,合理主義的(とりわけ表象主義的)である。