Up 動物と微生物 作成: 2025-02-18
更新: 2025-02-18


      別府 (2015), pp.221,222
    反芻動物は食道が袋状に変形した三つの胃に本来の胃を加えた、四つの胃を持っています。
    中でも巨大な第一胃(反努胃)は、反芻によって唾液と混ぜ合わされた草や飼料を、動物が吸収しやすい物質に変換するいわば発酵槽です。
    そこには細菌と原生生物を中心にカビ、古細菌も含む嫌気性微生物の大集団が住み着いていて、とくにセルラーゼを持つ嫌気性細菌や原生生物がセルロースを分解します。
    生じた糖からは、発酵によって酢酸、 プロピオン酸、酪酸などの揮発性有機酸がつくり出され、それらが第一胃の胃壁を通って吸収されて牛の主要なエネルギー源になるのです。
    共存するメタン生成菌は、副生する炭酸ガスと水素からメタンをつくることで、発酵を阻害する水素を取り除く働きをしています。
    これらの微生物は、微生物同士で助け合って共生しながら、全体として牛との間に相利共生の関係をつくり上げているのです。
    もう一つ大事なことは、反芻動物の直接のタンパク質源が飼料のタンパク質ではなくて、微生物菌体だということです。
    第一胃の中で微生物は、飼料中のタンパク質を分解して自分のタンパク質合成に利用しながら増殖し、その菌体の一部が本来の胃である第四胃とそれに続く小腸へ送り出されて消化吸収されるのです。
    タンパク質に関しては、反芻動物は草食動物ではなくて「微生物食」動物なのです。
    そのおかげで、植物由来のタンパク質には含量が少ない必須アミノ酸やビタミンの欠乏は、牛では原則として起こりません。
    さらに反芻動物は、他の動物では窒素を含む老廃物として尿の中に捨てられる尿素を唾液の中に排出して、その窒素は第一胃で微生物が菌体タンパク質を合成するのに再利用されます。
    このような共生微生物を最大限に利用するシステムを持つことによって、牛や羊は窒素が乏しい植物の葉や茎を餌にしながら、効率的にミルクや肉を生産できるのです。


      同上, p.223
    木造家屋を食い荒らす一方で、自然界では植物遺体のリサイクルに大きな役割を果たしているシロアリは、基本的にウシに類似した共生微生物群を持っています。
    その腸内にはやはり嫌気性の原生生物、細菌、メタン生成古細菌が大量に住み着いていて、その中でセルロースを酢酸にまで分解する原生生物が主役になって、つくり出した酢酸をシロアリの栄養源として提供しているのです。
    その際に副生する炭酸ガスと水素から酢酸を再生産する細菌が共存しているために、メタンの生成はある程度抑えられています。
    さらに、餌の木材が窒素含量が極端に少ないのを補うために腸内に窒素固定細菌を住まわせて、空気中の窒素を食べて栄養にしていることがわかっています。


      同上, pp.223,224
    爆発的な増殖力で農業・園芸の重大な害虫になるアブラムシは、「菌細胞」という特殊な細胞の中􀀨にある種の共生細菌を多数持っていて、抗生物質を注射してそれを除くと、アブラムシは発育が悪くなると同時に有性生殖能力も失います。
    アブラムシが栄養源としている植物の汁液はアミノ酸のバランスが著しく偏っているのを、この共生細菌が必須アミノ酸に合成し直して宿主に補給しているのです。
    菌細胞の外では増殖できないこの絶対共生菌は、遺伝子の比較から大腸菌に非常に近縁の細菌だとわかって、ブフネラという正式の細菌としての名前までもらっています。
    そのゲノムの大きさは大腸菌の七分の一ほどしかなく、独立して生きていく上で不可欠な多くの遺伝子を失っている一方、宿主が必要とする一部のアミノ酸の生合成遺伝子などはしっかり残しています。
    ブフネラの祖先の細菌は、約二億年前にアブラムシの祖先の細胞内に入り込んで以来、安定した環境で宿主との相互依存の関係を深めながら進化する間に、不要になった遺伝子を次々に捨て去ったのだと考えられます。
    ブフネラは、ミトコンドリアがたどったのと同じ道中の途中にいるのだともいえるでしょう。


      同上, pp.225,226
    肉食動物も含めてすべての動物の生存は、食物連鎖の中の一次生産者である植物の光合成に支えられているというのは、生態学の大前提でした。
    ところが 1977年に、太平洋のガラパゴス諸島沖、水深 2500メートルの熱水が噴き出ている海底に、チューブワームという口も消化管も肛門もない不思議な動物(図4-8)や二枚員などの密集した大群集が見つかって、この原則に初めて例外が生まれました。
    深海底の暗闇で暮らしている彼らの体内には、熱水噴出孔から噴き出る硫化水素を酸化して得たエネルギーによって炭酸固定を行なう、化学合成独立栄養細菌が共生していたのです。
    チューブワーム体内の栄養体といわれる器官を構成している細臨一つ一つには、この細菌が数千も細胞内共生していて、その量は体重の40〜60% (!) に達するといいますから、まるで細菌の塊のような動物です。‥‥‥
    海洋底には熱水の代わりにメタンを含んだ冷水が湧き出ている場所もあって、そこでは同じような動物群が、メタンを栄養源にして生育する細菌 (メタン資化性菌という) を体内に共生させています。
    地表の生物が植物を介して太陽のエネルギーに依存しているのに対して、深海底のこれらの動物は化学合成細菌と一体化することによって、間接的に硫化水素やメタンの形で供給される地球の還元力を食べて生きているのです。



  • 引用文献
    • 別府輝彦 (2015) :『見えない巨人 部生物』, ベレ出版, 2015.